さて・・・ここまで様々な事を延々と語ってきた。

だが・・・そろそろ良かろう。

話すとしよう。

『七夫人』と『真なる死神』の華燭の宴を・・・

十四『華燭』

「・・・これで・・・年度卒業証書授与式を・・・」

この日、志貴達の通っていた高校では卒業式を向かえ志貴達は無事卒業を迎えた。

「いや〜七夜お前良く生きて校門を抜け出れたな」

「それを言えば俺はお前が三年で卒業できた事の方が不思議なんだが」

校門前で志貴と有彦が話していた。

志貴は無論であるが有彦は周囲の者から奇跡と呼ばれるほどの追い込みを見せ無事・・・と言って良いだろうか?・・・に卒業を迎えたのであった。

「で、七夜どうする?今日は卒業祝いでぱーっと」

「悪い、これから家に帰らないといけないんだ」

「??どうしたんだ?」

「ああ、実家で卒業祝いの祝宴やるってさ」

「へえ〜」

その為に前日から引越しの作業に大忙しであったのだが。

「まあ、落ち着いたらまた遊びに行くから」

「そうだな。それじゃあな」

「ああ」

そう言って志貴は有彦と別れた。







家に帰ると家財道具一式は既に中庭に運ばれ(これは今朝の内に志貴が行っていた)、翡翠達が最後の細かい物を出している所だった。

「翡翠、どう?」

「うん、もう直ぐ終わるよ」

そう言い、荷物を置く。

ちなみに既にアルクェイド・アルトルージュ・シオン達は荷物を片付け、一先ず実家に帰っている。

そして荷物を片付け、中も掃除を行い戸締りをしてから鍵を不動産屋に渡し終えると、三人は玄関口に立つと一礼する。

「「「三年間お世話になりました」」」

それは短い間ながらも我が家として過ごしてきた家へのお礼だった。

「じゃあ、翡翠・琥珀、レン帰るか」

「「うん」」

それが終わり振り返る志貴の言葉に二人は肯き、レンは肩に乗っかる。

それを確認してから志貴は空間封鎖でまず中庭を隔離してから荷物ごと、転移した。

懐かしい『七夜の里』に・・・







「「ただいま〜!!」」

屋敷に翡翠と琥珀の元気の良い声が聞こえる。

「翡翠・琥珀、お帰りなさい」

その声に厨房から顔を出した真姫が笑顔で迎え入れる。

「うん、お母さんただいま」

「お母さん何かお手伝いする?」

「良いわよ。二人はゆっくりしていなさい。それとちゃんと正装しなさい。二人がある意味主役なんだから」

「「はーーい」」

朗らかに笑う真姫は二人の背中を押す。

そして志貴は真っ直ぐ黄理の所に向かう。

「御館様、ただいま戻りました」

「ああ、ご苦労だったな志貴。取り敢えず、里の連中に挨拶して回って来い」

「はい」

「それと志貴・・・本当に覚悟は出来ているんだな?」

「はい」

黄理の意味深な言葉に志貴は直ぐに即答した。







そしてその夜・・・

屋敷とその中庭に一族の者が総出で集まっていた。

「全員よく集まってくれた。今日は無礼講だ存分に飲んで食ってくれ・・・と言いたい所だがその前に重大な発表がある」

黄理の言葉に全員が黄理に集中する。

「実はだ・・・全員知っての通り三年前遠野との攻防戦での折に重傷を負ってから俺は一度も前線に出ていない」

その言葉に全員肯く。

「それは真姫の過保護の所為ではないのか?黄理」

王漸が冗談とも本気ともつかない発言をする。

「それも理由の一つに上げられるが、本当の理由は違う。志貴、晃・誠は知っているが俺はその折『迷獄沙門』を使用した。その為寸断された筋が未だに完治していない」

そう、エレイシアの神聖治療は細胞を活性化させ、肉体の持つ治癒能力を高める効果を持つ。

それによって黄理の重傷も驚くべき程の短時期で完治したのだが、筋肉組織は未だ完治せず、日常生活自体には支障は無いものの暗殺業の遂行は不可能となっていた。

「黄理、その歳でまだ『迷獄沙門』を使えたのか??」

「兄貴驚く箇所が若干ずれている。ともかくだ・・・それゆえ今の俺は録に得物すら振るえぬ。そこで今日志貴の帰還を機に七夜当主の座を現世代に譲ろうと思う」

場が大きくざわめいた。

「静かに。それで次の七夜当主だが・・・無論『七つ月』の長も勤めてもらうぞ」

その時、全員次の当主は志貴が指名されると信じて疑わなかった。

確かに『七つ月』の実績は未だ皆無に等しいが志貴の実力は全員が認める所だ。

しかし、結論は意外なものだった。

「・・・晃、誠」

「はっ?」

「はい?」

「お前達二人の実力は完全に拮抗している。それ故に、お前達には七夜当主及び『七つ月』長を勤めてもらう」

ざわめきが更に大きくなった。

確かに当主が二人と言うのも驚愕であったがそれ以上に驚愕を与えたのは無論当主が志貴でないという事であった。

「お、おや!!」

「晃!!まだ御館様の話が終わっていない」

激発しかけた晃を誠が宥める。

「続いて・・・」

黄理はお構いなく『七つ月』の主要幹部の名を上げていく。

しかし、進むに連れて全員の疑念は更に深く大きいものとなった。

ただの一度たりとも志貴の名が上げられない。

疑念と不審が高まる中、

「・・・以上をもって『七つ月』次期」

「「御館様!!」」

遂に耐え切れなくなったのか晃と誠が立ち上がる。

「どうした??」

「これは御館様の決定事項。ゆえに反論は認められないものという事は重々承知しております」

「ですが!!ですが一つだけお伺いしとうございます。何ゆえに志貴を全ての役職より外されますか!!」

「確かに志貴は・・・」

「落ち着け。これで終わった訳ではない」

激発し言葉を繋ぐ二人を制止する。

「確かに『七つ月』には志貴は入れてはいない。しかし、これで終わりとは言っておらぬぞ」

「「は?」」

呆けた二人を他所に黄理が続きを読み上げる。

「以上をもって『七つ月』次期組織発表を終える。そして志貴」

「はっ」

初めて読み上げられた志貴の名に全員が注目する。

「お前を明朝を持って裏七夜頭目に任ずる。異論は無いな」

「ございません」

黄理の言葉に何の躊躇い無く肯く志貴。

そして反応は完全に二つに分かれていた。

「裏七夜!!」

「黄理!!本気か!!志貴を裏七夜に任ずるだと!!」

「危険だ!!代々裏七夜頭目は退魔剣術当代継承者に任ずるのではなかったのか!!」

黄理の発表に驚愕するのは旧世代達。

「??」

「おい、裏七夜って何だ?」

「俺に聞くな」

それに対して、訳が判らず顔を見合わせるのは現世代。

「親父、裏七夜って何だ?」

「母上、裏七夜とは一体・・・」

手っ取り早く親に尋ねる晃と誠。

「ああ、裏七夜とはな・・・」

「裏七夜は文字通り七夜の裏に存在する者たち。七夜が混血の始末や暗殺を生業とするならば裏七夜は純粋なる魔を討ち滅ぼす任を背負った者たちの事よ。本来その頭目の任には退魔剣術当代が勤める事が暗黙の了承となっているわ」

「確かに先代の真姫ではその任に就けられなかった。しかし今は翡翠と琥珀がいる。彼女達が頭目の任に就くのがしごく当然と思うが」

「黄理、お前正気か?さしもの志貴といえども」

「志貴の実力はお前達も全員わかっていると思う」

黄理の声に全員肯く。

「それ故に俺は裏七夜頭目の任につけようとした」

その言葉に場は騒然となる。

「知っている者は多いであろうが今の志貴は『極の四禁』すらをも会得している。その志貴にとって七夜当主はむしろ役不足だ」

「・・・・・・」

一転して沈黙が支配する。

「ともかく、この件については以上とする。そしてもう一つ、重要な事が決まった」

「??黄理、まだあるのか?」

「ああ、これは志貴本人から言った方が良いだろう」

「そうですね」

そう言うと、志貴は静かに立ち上がり、開口一番こう言った。

「単刀直入に言う。裏七夜頭目に就任したのを機に妻を娶ろうと思う」

その瞬間時間そのものが停止した。

しかし、それは僅か一瞬、瞬く間に大歓声に包まれた。

「志貴!!やっと結婚するのか!!」

「で、相手は・・・翡翠に琥珀どっちだ!」

「いや、志貴の事だから二人と言う事もありうるぞ」

囃し立ててくる現世代を黄理が制止する。

「静かに。まだ話は続きだ」

「で相手だけど・・・」

そこまで志貴が口にした時、

「皆さんお待たせしました〜」

「お母さん着付け終わったよ」

そう言って翡翠と琥珀が入ってきた。

二人とも見事に着物を着付けている。

「あらお疲れ様。二人共ここに座りなさい」

「「はい」」

そう言って志貴の両隣に座る。

そこに更に

「こんばんは」

「先生暫くぶりです」

「志貴元気そうね。なりよりね」

「遅かったな蒼崎」

「暫くぶりね。どう?黄理、くそ姉貴に創らせた義手は?」

「ああ、悪くない」

「蒼崎様、その節は御館様がお世話になりました」

そう言いながら蒼崎青子が姿を現した。

「こんばんは〜」

「こんばんは」

「失礼いたします」

「おっ・・・あの時の姉ちゃん達か?」

「失礼します」

「失礼するぞ」

「遠野のご令嬢と坊主まで来たな」

「で、一番後ろの嬢ちゃんは誰だ??」

「え、えっと・・・その・・・失礼します」

それもアルクェイド・アルトルージュ・シオン・秋葉・四季・さつきまで引き連れて。

「じゃあそこの五人はそっちに座ってくれ。蒼崎と遠野の当主殿は空いている席に適当に座れ」

「はいはい」

「ああ、わかった」

そう言って席に着くと同時に

「失礼します」

「失礼する」

「邪魔するで〜」

「姉さん、師匠、それに教授も来て下さったんですか?」

エレイシア・ゼルレッチ・コーバックが姿を現した。

「そら当然やろ。志貴の一世一代の晴れ舞台と聞いて駆けつけたんやで」

「正確には後もう一回ありますが・・・ともかく長話もなんですから、空いている席に座ってください」

志貴に促されて席に着いた。

それは見るものが見れば壮観であった。

『真なる死神』を筆頭に真祖の姫君、死徒の姫君、『ミスブルー』、『魔道元帥』、『封印の魔法使い』、『埋葬機関第七位』『アトラシア』を剥奪されたといえ、現時点でもアトラス院最高位の錬金術師、更に日本最大勢力の混血一族の直系、短時間で独立した死徒にまで上り詰めた上に固有結界まで保有した稀有な逸材、そして日本最凶の退魔一族。

この者達が本気で動き出せば短期間で世界征服すら可能だろう。

だが、決してその様な物騒な理由で集まった訳ではない。

「さて・・・全員揃った所で続けるか・・・志貴」

「はい」

そう言うと、志貴は何故か席を離れ翡翠達七人と対面する様に姿勢を正した。

「??志貴どうしたの」

「「志貴ちゃん?」」

「志貴君?なんなの?」

「志貴?」

「兄さん??」

「志貴君??」

全員が首を傾げる中志貴は静かに穏やかな口調で決定的な一言を発した。

「琥珀、翡翠、アルクェイド・アルトルージュ・シオン・秋葉・さつき・・・俺と結婚してくれないか??」







この瞬間、言われた方と言えばただただ呆然としていた。

何を言われているのかまるで判らなかった。

志貴を嫌っているのかと聞かれればそんな筈は無い。

全員志貴に好意・・・いや、明確な恋心・・・を持っていたし、求愛されるのを夢で見る事すらあった。

だが、ここでしかも自分のほかに六人いる。

その全員と志貴は求婚の申し出をしたのだ。

驚くなと言う方がどうかしている。

聞いていた方はと言えば驚愕に満ちた表情をしていた。

近親での婚姻が常識の七夜も、重婚だけはしなかったのでこの反応は至極当然の事だった。

だが、抗議の声を上げることもせずただじっと結果を待っていた。

一方の志貴は緊張の所為かやや表情が強張っていたが視線を反らす事などせず、返事を急かす事もせずじっと七人を見つめていた。

事前に知らせたのだろう。

黄理と真姫は表情に変化を見せずただ事の成り行きを見守っていた。

そして・・・一番早く返事をしたのは当然ながら

「志貴ちゃん・・・本当??」

「本当に・・・本当に私と翡翠ちゃんをお嫁さんにしてくれるの??」

翡翠と琥珀だった。

二人とも微笑を見せながらも涙が溢れそうであった。

「ああ。嘘も偽りも無い俺の本心だ。相手が少し・・・いや、かなりだな、多いかもしれないけど」

それに反応して

「そんなの気にしないよ。志貴」

「うん、私も」

「無論私もです。志貴の妻となれるのでしたらこれ以上何も望みません」

やや遅れてアルクェイド・アルトルージュ・シオンが返事を返す。

七人中五人が即答で返事をしたのに対して

「「・・・・・・」」

秋葉とさつきは沈黙を守っていた。

やはり自分以外の女性と一緒の婚姻には抵抗があるのだろう。

それを無論判っていた志貴は微笑み

「直ぐで無くて良い秋葉、さつき。驚くのも無理は無いから、この」

「兄さん」

「志貴君」

志貴の言葉を遮ると秋葉がまず三つ指を立てさつきもそれに倣い

「「不束者ですがよろしくお願いします」」

同じ言葉で自分の意思を伝えた。

それを聞き終えると黄理が立ち上がり

「と言う訳だ。では皆、今宵は七夜の現世代への完全な継承と、志貴の婚約を祝って存分に楽しんでくれ。乾杯」

『かんぱーーーい!!!』

七夜の里に歓声が響き渡った。







それから・・・恒例ともいえる光景が広がっていた。

「志貴!!やっと嫁をもらったか!!」

「それも七人とは!!いやぁ〜お盛んだねぇ〜」

「晃・・・誠・・・親父臭いぞ・・それにまだ結婚していない」

すっかり出来上がった晃と誠に絡まれ呆れ顔で付き合う志貴。

「ヒスちゃん、コハちゃん、結婚おめでとう!!」

『おめでとう!!!』

「ありがとう皆・・・」

「本当に・・・ぐすっありがとう・・・」

七夜の女性陣総出で祝福され半分泣き顔となっている翡翠と半ば泣き出している琥珀。

その他にもあちこちで志貴の妻となる事が確定された七人を祝う声が絶え間なく湧き上がった。

「姫様・・・おめでとうございます」

「ありがとうね〜爺や〜」

「お爺様・・・本当にありがとうございます」

「いや〜ごっつめでたい話しやで〜」

「立場上祝福は、かなり微妙な立場ですが志貴君の姉代わりとしては祝福しますよ。アルクェイド・ブリュンスタッド、アルトルージュ・ブリュンスタッド」

「えっと・・・シオンだっけ??良かったわね。初恋が最高の形で実って」

「はい、ミスブルー、志貴と出会えるきっかけを与えてくれた貴方には心の底から感謝します」

「ううううっ・・・秋葉・・・志貴に幸せにしてもらうんだぞ・・・」

「判っておりますお兄様・・・」

それはアルクェイド・アルトルージュ・シオン・秋葉は無論、殆ど初顔合わせのさつきにも平等にだ。

「え、えっと・・・その・・・私にも良いのですか??」

「決まっているじゃないの。これから私達家族になるんですもの。それに志貴が選んだ子なんだから間違いは無いわよ」

やや戸惑い気味のさつきの疑問にも笑いながらそう返す。

「志貴そう言えば夢魔のレンはどうするの??」

そんな中青子が志貴のあぐらの上で丸まっているレンの事を尋ねる。

「レンは無論俺の家族として一緒にいます」

そう言ってレンの頭(猫型)を撫でてやる。

特別に出されたケーキをお腹一杯に平らげてご満悦なレンは更に幸せそうに一声鳴いた。

「取り敢えず志貴。お前達の華燭の典だが、今現在裏手にお前達の新居を建てている。そこが一年後完成する。それに合わせて行うが異存は無いな。無論その間も『裏七夜』の仕事には入ってもらう」

「判りましたそれで構いません。丁度秋葉の卒業と同時と言う事で」

「よし」

「ただ・・・父さん・・・明日は仕事どころじゃないだろうね・・・」

「まあ・・・そうだろうな」

事実、翌日七夜はまともに動ける者は志貴と黄理しかいなかった。

原因は無論飲み過ぎの二日酔い。

頭痛に唸る声がそこかしこに響いていた。

それは、新当主となった七夜晃、七夜誠も例外は無かった。







婚約が発表されてから七夜では目まぐるしく志貴達の華燭の典への準備が進められようとしていた。

そして志貴自身も『裏七夜頭目』として活動を開始する。

この話は欧州にも短時間で伝わったらしく何回か欧州からの依頼まで存在した。

その合間に志貴はシオンを共にエジプトに降り立っていた。

無論シオンの両親に会い結婚の許可を得る為。

カイロに降り立ち、陸路で郊外に建つと言われるシオンの実家エルトナム家に向かう途中志貴は飛行機でのシオンからの告白を思い出していた。







「志貴・・・是非とも聞いて頂きたい事があります」

「どうした?シオン」

「はい・・・かつて私が『アトラシア』を『エルトナム家の者だから』と言う理由で剥奪された事は覚えていますか??」

「ああ、覚えている」

「何故エルトナム家がアトラス院から忌避されているかその理由を話しておきたいのです」

「・・・シオン、嫌だったら無理に話さなくても」

「いいえ!!是非聞いて下さい・・・志貴はタタリを覚えていますか??」

「タタリ??あの十三位『ワラキア』の事か??」

「はいそのタタリです・・・あのタタリは・・・エルトナム家の祖先なのです」

「えっ??」

「本名はズェピア・エルトナム・オベローン。五百年前、かつての私と同じアトラス院に所属し『アトラシア』の名を冠した当時最高位の錬金術師でした・・・ですが未だに真相は不明ですが彼はアトラス院を離反、トランシルヴァニアにおいて消息を絶ちました」

「五百年前、トランシルヴァニアといえば・・・ワラキア公ウラド・ツェペシュが活躍していた時期と場所だったよな?」

「はい、そして・・・最初にタタリが発現した場所です。『ワラキア公が再び甦る』と言う噂によって現れたタタリの威力は大きく、一夜で街一つが完全に飲み込まれました。それ故教会は恐れを込めて『ワラキアの夜』と言う二つ名を与えたのです。それ以降エルトナム家は没落しアトラス院よりは腫物の如く扱われるようになりました」

「そうか・・・」

「それで志貴・・・」

「ん??」

「このような話を聞いても・・・私を・・・妻として」

「シオン」

包むように抱きしめる。

「えっ??」

「過去に何があろうともシオンはシオンだ。今が大事なんだからな。それにそれを言えば俺とて純粋じゃない。太古より永き時に渡り受け継がれた退魔の血を持つな・・・だからそんな事で自分を追い込もうとするな・・・ちゃんと愛するからお前を」

「志貴・・・はい・・・志貴・・・」







「志貴・・・着きました」

「そっか・・・じゃあご挨拶に行くとするか・・・」

シオンの声に我に返った志貴は車より降りてエルトナム邸を見やる。

それから大きく息を吐き出してから覚悟を決める様にドアをノックする。

暫くして姿を現したのは五・六十代と思われる女性が姿を現す。

おそらく家政婦か何かであろう。

「あら?お嬢様。お帰りなさいませ」

「婆や、お父様とお母様は?」

「はい、もうお待ちですよ」

「判りました。では志貴行きましょう」

「ああ」







やや時を戻す。

志貴が到着する寸前エルトナム邸においては次のような会話がなされていた。

「そろそろか?」

苛々しながら居間を歩きまわっているやや気難しそうな男性がシオンの父親、ナジャフ・エルトナム。

「ええそうですね。連絡もありましたからもう直ぐ到着しますわね」

そんな夫の様子を微笑みながら眺めていた落ち着いた風情の女性が、シオンの母親ナターシャ・エルトナム・ソカリス。

「あなた、もう少し落ち着かれては」

「これが落ち着いていられるか?シオンが・・・娘が夫としたい男を連れて来るんだぞ」

かつてアトラス院において『アトラシア』に次ぐ実力を有していた優れた錬金術師である彼も今日の事は予測外だった。

別に娘の人生を縛り付ける気は彼には無い。

その相手が娘を心底から愛してくれるなら何の問題は無い。

しかし、エルトナム家が背負う負債の事を考えるとどうしても、不安が先に立つ。

現に自分の時もそうだったのだったから。

「大丈夫ですよ。あの子が子供の頃からずっと想いを寄せていた男性ですよ」

一方の母親の方は特に動じてはいないようだった。

こういった場合、どうとでもなる事を彼女は知っていたから。

「それはそうなんだがな・・・」

そう言いかけた時、ドアがノックされる。

「失礼いたします旦那様、奥様。お嬢様とお相手の男性が見えられました」

「そ、そうか・・・こちらに通しなさい」

「はい」

不安の色を隠しきれない夫を尻目にそっと呟いた。

「大丈夫・・・あの子が選んだ人なんだから」







客間に通された志貴とシオンを待っていたのはややそわそわした様子でこちらを見やる男性と対照的に落ち着いている女性だった。

「お父様、お母様。今帰りました」

「ええ、お帰りなさい」

「あ、ああ・・・お帰りシオン」

ひとしきり抱擁を交わすとシオンは志貴の方を向き

「志貴、改めて紹介します。こちらが私の父、ナジャフ・エルトナム、そして母のナターシャ・エルトナム・ソカリスです。お父様、お母様、こちらの方が・・・」

続けようとしたシオンを制して志貴は。

「初めまして。七夜志貴と言います」

完璧なアラビア語で名を名乗った。

「今回お嬢さんとの結婚を申し込みたいと思い来ました」

その言葉にナジャフがびくりと震えた。

怒らせたか?

志貴が若干不安そうにしていると、

「志貴君だったか・・・男二人で話したい。ナターシャ、シオン少し席を外してくれ」

「はい」

「で、ですが・・・」

「シオン大丈夫だから」

「は、はい・・・」

二人が出て行く。

「まあ掛けなさい」

「失礼します」

ソファーに腰を落ち着かせる。

それから暫しの沈黙、やがて

「志貴君・・・娘を妻としたいとの事だが・・・」

「はい」

この時志貴は猛反対されるだろうなと覚悟していた。

何しろいきなり何処の馬の骨とも着かぬ東洋人が一人娘と結婚したいと言うのだから。

だが次の台詞は志貴の予想外のものだった。

「君は・・・あの子を永久に愛してくれるかね?」

「はい??」

まさに沈痛な面持ちで語りだす。

「君はすでにエルトナム家の過去は知っているだろう」

「はい、シオンの口から直接聞きました」

「そうか・・・では話は早い。あの子はそれ故に苦難と迫害を受けてきた。それ故であろうな。あの子は何時の間にか自分の心に鎧を着けてきた。それが君と会った事で初めて全てをさらけ出す相手を得たんだ。今でも覚えている。あの子がアトラスの寮から帰って来た時心底嬉しそうな表情で『好きな子が出来た。また会いに来てくれると約束してくれた』と言ってきた時の事を。君がシオンの他に結婚する女性が六人いる事はシオン本人から聞いている。そしてそれをあの子が納得していることもだ。だから私も妻も君とシオンの結婚に反対はしない。だが娘を必ず幸せにして貰えないだろうか??娘を生涯愛し続けて貰えないだろうか?ひょっとしたらエルトナムの娘を妻とした事で君に害が及ぶかも知れぬ。だが・・・それでも娘を捨てる事無く愛し続けてもらえないか?それさえ約束してくれるだけで良い・・・頼む」

そう言って頭を下げる。

「どうか頭を上げてください。俺も同じなんですから」

慌てて顔を上げるように説得する志貴。

「同じ?」

「はい、俺の事はシオンから聞いていると思いますが俺の家は代々から続く暗殺者と退魔の一族です。ですから俺はシオンの事をどうこう言える立場ではありません。俺の方が遥かに血族の業は深いですから。それに・・・もしかしたら最悪な場合、シオンを置いて一人冥府に旅立ってしまうかも知れません。ですが・・・これだけは確約できます。生死を共に出来ないかも知れない。でも生きている限りシオンを必ず幸せとしますし、死ぬ間際・・・いえ、死んでからもシオンを永久に愛し続けると。七夜志貴の名において約束します」

胸に手を当てて静かにだが力強く断言する志貴。

「・・・そうか・・・それだけ聞いてくれるなら私も何の不安も不平は無い。シオンは本当に素晴らしい夫を得た・・・」

一筋の涙を流して安堵の笑みを浮かべる。

「今日はゆっくりとしていきなさい。それ位の余裕はあるのだろう」

「はい、そのつもりです」

「そうか・・・それでな志貴君・・・少し頼みがあるんだが」

「なんですか?俺に出来る事なら」

そんな志貴にそっと耳打ちする。

「実はな・・・一度でいいから『娘の結婚を頑固に反対する父親』を演じてみたいんだよ。それでな・・・その芝居に付き合ってもらえないかね?」

「そんな事ですか?ええ、俺に出来る事なら喜んで」

「一回だけ殴るが了解してくれないかね」

「はい」

「よしでは・・・ふざけるな!!この外道男が!!誰が貴様のような男に大切な娘をやれるか!

その台詞の直後重い拳が志貴の顔面を直撃した。

その勢いに乗って絨毯の上を転げる志貴。

「はぁ〜ありがとう志貴君」

「あいたたたた・・・いえ、ですが後ろにはどう説明するんですか?」

「後ろ??」

そのまま後ろを振り返るとそこには、

「あらアナタ、随分と思い切られた事をなされていますわね」

「お父様・・・覚悟は決まっておりますか??」

鬼と化した妻と娘がいた。

「志貴大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫だから」

「何を言っているのですか!少し腫れているではありませんか!直ぐに冷やします」

志貴の殴られた箇所を見て甲斐甲斐しく手当てをするシオン。

それに対して、

「い、いやこれはだな・・・ちゃんと彼に」

「言い訳は向こうで聞かせてもらいます。では参りましょう」

にっこり笑顔の妻に引き摺られて部屋を後にする。

「シオン、直ぐに来なさい。二人でお話を聞かせてもらいましょう」

「はいお母様、志貴の手当てが済んだら直ぐに」

そのまま地獄の門は閉ざされた。

その後、彼に何があったかは不明であるが、結局次に姿を現したのは翌日の日本に戻る時であった。

えらく、やつれていたが。







それから日本に帰って暫くして

「出て行け!!」

怒号と共に玄関口から叩き出された人物がいた。

「いいか!!二度と家の・・・さつきの前に姿を現すな!!」

その捨て台詞と共にドアが閉められた。

表札には『弓塚』・・・そう、さつきの実家である。

何が起こったかは大体の予想はついているだろう。

この日志貴はさつきと共に彼女の実家を訪れた。

無論目的は結婚の許可を得るため。

しかし、志貴はこの時失念していた。

彼女の家がごく普通の一般家庭であることを。

その代償がこれであった。

妻がさつきを含めて七人という非常識極まりない結婚を認める訳が無い。

結果、志貴はさつきの父親から散々殴られ挙句に叩き出された訳であった。

「あいたたたた・・・まあ当然の反応だよな・・・それにしてもまさか二回続けて殴られるとは思わなかった」

一方の殴られた当事者である志貴は落胆するでもなく飄々と立ち上がる。

「まさか・・・ドラマの様な展開をやる羽目になるとは思わなかった・・・」

志貴としては本気で笑うしかない。

先日はエルトナム家で(演技だったが)シオンの父に、そして今回はさつきの父親だ。

だが、考えてみればごくごく当然の結果、今までがスムーズすぎた訳だ。

「まあ考えてみても仕方ない。取り敢えず出直すか・・・」







一方弓塚家内では親子喧嘩が始まっていた。

「さつき!!いい加減にしなさい!!あんな男と結婚したいなど」

「そうよ。さつき落ち着いて考え直しなさい。さつき、あんな結婚ではあなたが不幸になるだけなのよ」

「そんな事無いもん!!志貴君はちゃんと言ったよ!!『私の事を幸せにしてくれる』って」

「口ではいくらでも言えるんだ!特にあんな女誑しは」

「志貴君をそんな風に言わないでよ!!」

「なんだと」

「お父さん落ち着いてください。さつきあなたも頭も冷やしてよく考え直しなさい。いいですね」

一先ず母親が双方の矛先を収めてくれた。

「・・・」

さつきはそのままとぼとぼと自室に引き返していった。







それから翌日も

「出て行け!!」

翌々日も

「何度言えば判る!!失せろ!!」

実に一週間、志貴は朝から晩まで弓塚家を訪れその度に殴り飛ばされ追い出されていた。

そして八日目、それは起こった。

その日も弓塚家を訪れた志貴だったが、その日は歓迎がエスカレートしたようだ。

彼の手には包丁が握られている。

「若造・・・これが最終勧告だ。出て行け。そして二度とさつきの前に姿を現すな。さもないと・・・貴様を刺し殺す」

眼を見れば判る。

あれは本気だ。

(それだけ愛されていることだよな、さつきも)

娘の幸福の為なら殺人も彼は辞さないのだろう。

ならばさつきには申し訳ないが諦めるしかないかも知れない。

肉親が犯罪者となればさつきも悲しむだろうし、むしろ自分と夫婦になれば間違いなく平凡だがささやかな幸福が逃げてしまうだろう。

これがさつきの為には一番良いのかもしれない。

軽く微笑むと、息を一つ吐き出した。

(ごめんな・・・さつき)

それから軽く会釈するとそのまま弓塚家を後としたのだった。







駅に着くとそこには

「志貴君」

旅行バック片手にさつきが待っていた。

「さつき??」

「志貴君・・・私志貴君と結婚する。志貴君と離れたくないの!!」

半分泣いて志貴に抱きつくさつき。

「だけどなさつき・・・ご両親には」

「家から出てきたの」

「駄目だって!それこそちゃんと納得してからでないと」

「志貴君、志貴君は私のこと嫌いなの?」

「いや、・・・俺はさつきを愛してる。他の六人と同等に。・・・よくよく考えてみれば最低だろうな俺は・・・一人を選ばずに・・・」

「うん・・・志貴君最低だよ」

「・・・さつき・・もう少し言葉を飾ってくれれば助かるんだが」

「私を置いていこうとした志貴君にはこれ位でも軽い位だよ。お父さん達にはうんと幸せになった私達を見てもらって、それから今回の事をごめんなさいしてから認めてもらうの」

志貴は大きく溜息をついた。

こうなればどうしようもない。

さつきの意思は完全に固まりどう足掻いても覆る事は無いだろう。

「判ったよ。じゃあ行くか」

「うん!!」

そう言って志貴はさつきを伴い七夜の里に帰る。

(すみません)

おそらく慌てふためいて娘の事を探しているさつきの両親に内心深く頭を下げながら。







月日は瞬く間に変って行き、華燭の典まで半月を切った。

志貴達の新居・・・後に『七星館』とも呼ばれる・・・も完成し後は新しい住居人達を迎えるのを待つばかりである。

志貴も、七人の婚約者達もてんてこ舞いの日々を過ごしていた。

ちなみに駆け落ちと言う形を取ったさつきは屋敷で家政婦に近い事を行っている。

そんなある夜、志貴は『裏七夜』の仕事、真姫は翡翠・琥珀・さつきらと共に『七星館』の下見に出かけ黄理が一人で茶を飲んでいると、

「邪魔をする」

背後から声が聞こえてきた。

「ったく来たんなら来たと一言断れ」

振り向く事無く悪態をつく黄理に対して

「何を言うか。最初から俺のいる事は察していただろう」

ニヤリと笑いそう返す。

「まあいいさ。飲むか?粗茶だが」

「もらおう」

そう言い男は黄理と相対する形で腰を落ち着ける。

「で、今日は愛娘達の姿を見に来たのか?」

そんな所だ

と言葉にせずただ肯く。

「だったら後二週間待てば良いだろう。そうすりゃ・・・」

視線で制する。

「今更どの面を下げて会えば良い?俺はあれとその娘二人を見捨てた張本人だぞ」

苦笑交じりの声に訝しげな黄理の声が掛かる。

「それでもお前が二人の父親である事に変りは無い」

「いや、変り有る。今の二人にとって両親とはお前とお前の妻だ。俺とあれではない」

「・・・頑固者が」

「お互い様だ」

黄理は呆れた様に溜息をつき、男は笑う。

「だが安心した。二人の様子を見てきたが心の底から幸福そうな表情をしていた」

「無論だろう。長年思い続けた相手と添い遂げられるんだからな」

「だろうな・・・だからもう憂いは無い、あの子達を一眼見れたのだからな。これで安心して立ち去れる。もう二度と来る事も・・・会う事もあるまい」

「それで貴様は満足なのか?」

「ああ・・・ではな。粗茶だったが今までの人生の中で最も上手い茶だった」

そう言うと男は静かに気配を消しその場を後にした。

「この頑固者が」

黄理の呟きは夜の屋敷に吸い込まれ消えていった。







そして・・・その日は遂にやって来た。

「じゃあ少し行って来るよ。父さん」

「ああ」

何処で調達したのか白のタキシードを身に纏い、志貴は黄理に話しかけた。

七夜の結婚における仕来たりでこれから妻達の実家に向かい、妻となる女性を迎えに行くのだ。

ちなみに翡翠・琥珀・さつきは一番最後に屋敷で迎えに行く手はずとなっている。

志貴が最初に転移した先はやはりと言うべきか『千年城』だった。

「失礼します」

「おお志貴、来たか」

「いっちょ前に着こなして来たのぉ〜」

「なかなか似合っているわよ志貴」

そんな志貴を囃し立てる教師陣。

「どうも、それで先生、師匠、教授、アルクェイドは?」

「玉座でお主を待っておる」

「判りました。では里でまたお待ちしています。先生・師匠・教授」

「志貴」

「はい師匠」

「姫を・・・必ず幸せにするのだぞ」

「はい。忘れたくても忘れられない位記憶に残るほど」







『千年城』玉座。

かつて純白なる真祖の姫君が己の罪を悔い鎖で繋がれていた場所。

だが今そこには

「アルクェイド、迎えに来たぞ」

「志貴〜」

その名に相応しい純白のウェイディングドレスを身に付けた真祖の姫君アルクェイド・ブリュンスタッドが夫となる優しき死神を待っていた。

「じゃあ行くか」

「うん!!」

志貴の問い掛けに力強く肯くアルクェイド。

そして二人は腕を組み歩きだす。

いや、歩き出そうとした時不意にアルクェイドが立ち止まる。

「どうしたんだ?」

「志貴ここで誓って。ずっと私を愛してくれるって」

「わかった・・・」

予測していたのか、さして驚く事無く肯く。

「俺七夜志貴はここに誓う。アルクェイド・ブリュンスタッドを死ぬまで・・・いや、死して魂魄のみと化そうとも永久(とこしえ)に愛し続ける事をここに誓う」

淀みなく迷いなく宣誓する。

「じゃあ行くか」

「うん!!・・・志貴ずっと一緒だよ」

「ああ」







アルクェイドを『七夜の里』に連れて行った志貴は続いてアルトルージュの『千年城』に向かう。

「来たか志貴よ」

「リィゾさんお久しぶりです」

『黒騎士』リィゾを目の前にしても驚愕はなく自然に一礼する。

「よもや最初出会った時の予感が現実となるとはな・・・だが姫様はお主と出会い見違えるほど輝かしくなられた。これが最も良き結末なのかも知れぬな・・・」

「リィゾさん」

「姫様は玉座にてお主の来るのを今か今かと待ち焦がれている。早く行け」

「はい、ところでフィナさんとプライミッツは?」

尋ねた所へ当の白騎士が姿を見せる。

「やあ志貴君」

「ああ、フィナさん」

「姫様の事よろしく頼んだよ」

常は真面目なのかふざけているのかまったく判らない男だったが、主である黒き姫君を頼むその表情は真剣そのものだった。

「はい」

だからこそだろう。

志貴が油断したのは。

「では志貴君お別れに熱いベーゼを」

「!!」

だがそれは志貴の本能によって

―閃走・六兎―

見事阻まれた。

「がふっ」

「はあはあ、油断も隙もあったものじゃないなこの人は。では」

「ああ。プライミニッツ殿は姫様と共にいる筈だ」







玉座の間に着いた志貴を出迎えたのは

「志貴君!!」

妹とは対照的に喪服を思わせる黒きウェディングドレスに身を包んだ死徒の姫君アルトルージュ・ブリュンスタッドだった。

そして足元には彼女の最も忠実なる僕プライミッツ・マーダーが佇んでいる。

「お待たせ。じゃあ行くか?」

「ええ、行きましょう・・・行って来るわねプライミッツ・・・それと志貴君」

「なんだ?」

「私の事本当に愛してくれるの?」

「ああ、死んでからもな。さすがに死徒になるのはごめんこうむるけどな」

「そうなんだ・・・でもいっか。志貴君死徒になりたい時は何時でも言ってね」

「ははは、考えておく」

こうして志貴は二人目の妻を連れて二つの『千年城』を後とした。







続いて志貴が向かったのはエジプト、エルトナム邸。

「ああ、良く来てくれたね」

「どうもご無沙汰しています」

まず志貴を笑顔で出迎えるのは父のナジャフ。

「シオンは?」

「既に準備を整え君を待ち焦がれて」

「志貴」

父親の言葉を遮るように現れたシオンは淡い紫のウェディングドレスを着て母親に付き添われて近付いてくる。

「シオン・・・」

「志貴・・・嬉しいです。ずっと夢見ていた事がこうやって現実のものとなるなんて・・・」

声を詰まらせ泣き出すシオンをそっと抱き寄せる。

「志貴・・・」

「シオン、一緒だからな・・・ずっと」

「はい・・・」

「では、シオン行こう・・・それと・・・お嬢さんは確かに」

「ああ、志貴君、どうか娘をよろしく頼むよ」

「シオン、今度来る時は私達に孫の顔見せて頂戴ね」

「お母様・・・」

母親の言葉に顔を赤らめるシオン。

しかし、この時は思いも寄らなかった。

これが親子の最後の対面となる事も、まして孫の顔は遂に見る事は無かった事も。







次に志貴は三咲町遠野の屋敷に向かう。

「ああ、志貴」

「よう四季、一年ぶりといった所か」

「そうだな、お互い無事で何よりだ」

「まったくだな。それでどうだ??グループの仕事は?」

「まあ大変だな。未だに刀崎・久我峰の負の遺産を清算しきれていない。気長にやるけどな」

「頑張れよ四季。で、秋葉は?」

「着付けに手間取っているようだが直ぐに来る。でだ志貴」

「ああ」

「必ず秋葉を幸せにしろよ。あまつさえ泣かすんじゃねえぞ」

「判っている」

そう言い合う志貴達の中へ、

「お兄様」

真紅のウェイディングドレスを身につけた秋葉が降りてきた。

本人曰く『他の人と比べて胸が薄い』との事であるが、それも今では充分な大きさに成長を遂げていた。

「お兄様、・・・今日まで育てて頂きありがとうございました」

「あ、ああ・・・」

秋葉の涙交じりの声に四季も言葉少なげに肯く。

それを穏やかな表情で見る志貴。

「志貴、秋葉を・・・頼む」

「ああ」

四季の言葉に力強く肯く志貴。

そしてその言葉を幸福そのもので受け止める秋葉がそこにいた。







四人を里に迎えた志貴は最後に屋敷に向かう。

そこが志貴達の自宅となるのも今日まで。

志貴は明日より新居である『七星館』に移り黄理と真姫は屋敷を離れて里の一軒家で夫婦二人水入らずの生活に移る。

「さてと・・・」

屋敷に入り、そこにいる残り三人を迎える。

「お待たせ翡翠、琥珀、さつき」

そこには純白のウェディングドレスを着た三人が待ち焦がれた表情でいた。

「もぉ〜遅いよぉ〜志貴ちゃん」

「はは、そう怒るなって、世界中回っていたんだから」

翡翠の剥れた批判に苦笑しながら返す。

「それだったら世界中から女性引っ掛けなければ良かったのに・・・」

さつきが何気にきつい一言をかける。

「それはまあそうなんだけど・・・」

「大丈夫だよ翡翠ちゃん、さつきちゃん。これから先志貴ちゃんとはずっと一緒なんだから。ね〜志貴ちゃん」

琥珀が意味ありげに笑いながら志貴にそう言ってくる。

「それは大丈夫だって」

志貴としてはそう答えるより術が無い。

「ともかく行こうか。皆待っているから」

「そうだね姉さん志貴ちゃんについてはまた今夜」

「うん」

「じゃあ志貴君行こうか」

「ああ」







こうして『七星館』に七夫人と夫七夜志貴が揃い招待者(殆ど七夜一族、一部志貴個人が招待した者もいる)が待つ中花嫁達が衣装を変えて(ウェディングドレスから和装へと)、いよいよ華燭の典が始まろうとしていた時

「父さん式はもうすぐだよね?」

不意に何か慌てた様子で志貴が黄理に尋ねる。

「ああ、あと、二十分位か。どうかしたのか志貴?」

「ごめん、友人一人これから連れてくる」

「大丈夫か??」

「大丈夫本当すぐに戻るから」

そう言うと、志貴はすぐさま転移してある場所に向かった。







「士郎、遅くなった!」

「待ったぞ志貴」

衛宮家の中庭に大慌てで降り立ってきた白いタキシード姿の青年・・・七夜志貴を苦笑しながら迎えたのは一応の礼服を着込んだ赤毛の少年・・・衛宮士郎だった。

「悪いが話とかは後だ。直ぐにトンボ帰りしないとどやされるから」

「そうだな話は式とか披露宴で聞けるからな」

「そう言う事。戸締りは?」

「ああ、大丈夫。全部鍵もかけたし藤ねえにも友人の家に出かけると言ってあるからな」

「そうか。じゃあ直ぐに飛ぶぞ」

「ああ、準備は良いぜ」

そう言うと志貴は士郎を伴いすぐさま『七夜の里』に転移して行った。







こうして祝言は無事に(人数は半端でない人数だったが)滞りなく進み、志貴達を祝う華燭の典も披露宴(の名を借りたどんちゃん騒ぎ)に入った。

「志貴おめでとう」

「ああ、ありがとうな士郎」

注がれる祝杯を次々と受けていくなか士郎がやってくる。

「しかし、驚いたな」

「何が?」

「花嫁が七人いる事にだよ。おまけに全員凄い美人と来た」

「まあ、ここまでの重婚になるとは思わなかったよ」

「大丈夫なのか?」

「法律面では大丈夫だと母さん行っていた」

「何気に恐ろしいなお前のとこのお袋さん」

「まあな、何しろ最初から二人俺の嫁さんにする気だったし」

「ははは・・・まあ飲め。酒ばかりできついだろう?」

「おっ悪い」

注がれた冷水を一息で飲み干す。

「ところで士郎、俺の事はどうこう言っているが、そう言うお前はどうなんだ?」

「修行はゼルレッチ老の指導のおかげか取り敢えず順調だな。強化は無論投影も負担無く使える様になったし」

「修行もそうだがな・・・士郎」

「な、なんだよ?」

「女性関係はどうなんだ?お前。以前師匠言ってたぞ『士郎には志貴と違ってどうも女っ気が無い』って」

いつもの志貴らしからぬ言動とケラケラ笑いながら質問をしてくる友人の姿を見て士郎は悟らざるを得なかった。

「志貴絶対酔ってるだろ?お前」

「かもしれんな。何しろ披露宴が始まってえ〜と・・・三・四十杯飲まされているから」

「そりゃ飲まされ過ぎだ。この先も色々とあるだろ?」

「ああそうだな。夜は夜でナニしなくちゃならないからな」

「志貴・・・悪い事言わん。これ以上飲むな」

自分の中の盟友像がボロボロに朽ち果てて行くのを自覚しながら、そう忠告するより士郎には術を持ち合わせていなかった。

「ああ、そうする。取り敢えず夜風にも当たってくる」

「ああ、気をつけろ・・・ってあいつ足はしゃきっとしてるな。酔っているのか覚めているのか」

そんな盟友の姿を溜息混じりに見送る士郎。

ちなみにこの当時確かに士郎の周囲にいる女性については姉代わりを自負する人(と言うか虎?)だけであったが、この時期を境として士郎の周囲も賑やかになっていく事になる。







アルコールで火照った身体には心地良い風を浴びながら志貴は夜風を身に受けていた。

「大分覚めてきたな」

その瞳に理性が戻ってきた。

「ふう・・・こりゃ明日二日酔いかな??それにしても・・・俺って酔ったら笑い上戸になるのか?まあ、絡んだり暴れるよりはまだましだけどな。さてと戻るか・・・」

そう言ってゆったりとした足取りで志貴は再度『七星館』に向かっていった。







それから一時間ほどで宴はお開きとなり、披露宴会場には酔い潰れて高いびきをかく七夜の男達で埋め尽くされていた。

「あ〜あ、こりゃひどい」

「まったくね。さてと私達は酔っ払い達を家に送還するわよ」

そう言って身内を次々と運んでいく女性陣達。

若い夫婦等は肩を貸しているが年配になるに従い扱いは酷くなる。

中には、物の如く地面をごろごろ転がして運ぶ者もいた。

簀巻き状態なのが唯一の救いであるだろうが。

男性陣で正気を保っているのは、主役の志貴と黄理、士郎の三人だけだった。

「あらら、みんなひどいな・・・じゃあ俺も手伝うか?」

「志貴、お前は身を清めてから寝室に向かえ」

「そうよ志貴。翡翠達は皆準備を済ませているのよ」

「準備って・・・」

「今夜の初夜に決まっているじゃないの?」

「あ〜」

「皆大張り切りだったわよ。早く行ってあげなさい」

「そうだな、志貴早く行けって。後の事は俺も手伝うから」

「いいのか?君は客人だ。それを」

「良いんですよ。俺がしたいって言っているんですから」

「そうか・・・では頼むとしようか」

「悪いな士郎」

「いいって事。困った時はお互い様、そうだろ?」

「ああすまん」

「じゃあお願いしますわね。衛宮君、今夜は屋敷に部屋を用意してあるから。そこで休んで下さいね」

「はい」

そして向かおうとしていた時不意に志貴は真姫に呼び止められた。

「志貴水でも飲んで心を落ち着かせなさい」

「ありがとう母さん」

それを疑いも躊躇いも無く一気に飲み干す。

「じゃあ、お休み父さん、母さん、士郎」

そう言って奥に消えていく志貴を見ながら黄理は真姫にそっと囁く。

「真姫、あれの中に何を入れた?」

「お見通しでしたか?」

「当たり前だ。さらに言えば翡翠達にも同じクスリの入った水を飲ませたがあれは・・・」

「ふふふ・・・大丈夫ですよ。ただ少しだけ元気になるお薬ですから。効き目は抜群ですよ」

「それはそうだろ?お前はあの爺の一番弟子なんだからな・・・」

そこに話についていけない士郎が尋ねた。

「すいません。何の話をしているのでしょうか?」

「うちのがさっき志貴に飲ませた水に特別調合の薬を入れただけだ」

「ええ、遅効性、長時間持続の精力剤を、更に言えばあの子達には持続性の高い媚薬を」

「な、何でまた・・・」

「それは当然です。志貴には今夜まとめて全員分の初夜を済ませてもらわないと。それに置いてけぼりは可哀想でしょう?」

にこやかに答える真姫。

しかし、その配慮は完全に裏目に出る。







浴室で身を清めた志貴は寝巻き代わりの白い着流しをきると、自身の寝室に向かう。

ちなみに新居である『七星館』は大きく分けて二つに括られ、先程まで披露宴が行われていた、大和室を始め、謁見の部屋など、『裏七夜』の仕事場として機能する本館と、志貴達の普段の生活の場である別館に分けられていた。

一歩後と進むに従い緊張で足が震える。

だがそれでも寝室に到着する。

開けようとしたが手が微妙に震えている。

それを捻じ伏せるのではなく静かに落ち着くのをひたすら待つ。

やがて、震えが止まったのを自覚すると、大きく深呼吸してから襖を開ける。

そこでは

「「志貴ちゃん」」

「「志貴」」

「「志貴君」」

「兄さん」

今日を持って彼の妻となった七人の女性が揃って白い襦袢だけを身に纏い待っていた。

更に片隅にはちょこんとレン(無論だが人型)も座っている。

既に部屋には八人分の布団が敷かれている。

「・・・さてと」

まず志貴は全員の前に正座する。

「色々始める前に改めて礼だけ言いたい。アルクェイド・アルトルージュ・シオン・翡翠・琥珀・秋葉・さつき俺の我が侭に応えてくれて本当にありがとう」

そう言って静かに一礼する。

「まあ、いきなりこんな事するのも奇妙だと思うけど、俺としてはけじめみたいなものだから、そこ等辺りは無視してくれ・・・さてと」

そう言って立ち上がる。

「じゃあ、始めるか」

その言葉に七人は声もなく静かにこくんと肯いた。

その表情は緊張しながらも幸福に満ち溢れて。

その夜、『七星館』において七種類(時々八種類)の嬌声が明け方近くまで続いた。







翌朝、

「おはよう」

「ああ、おはよう」

朝の自主訓練の為に早起きした晃と誠が表情を顰めたまま現れる。

「お互い二日酔いの様だな」

「ああ、酷いもんだ」

「と言うより、今日の現世代の連中は軒並みだろうな」

「昨日は凄まじかったからな」

そう肯きあう。

「そういや志貴は??」

「無理だろ?志貴は」

「そうだよな昨日は主役と言うだけあって、派手に飲まされていたしな」

「おまけに七人だろ?おそらく今日は起きられないんじゃないのか?」

「ありうるな」

そう言って肯きあっていたところへ

「ああ、晃、誠おはよう」

「!!」

「し、志貴!!」

「なんだよ白昼から幽霊見たような面して」

「い、いや・・・」

「お前大丈夫か?大量に飲まされていたんだろ?」

「それに昨夜は何だ、初夜だったんだろ?」

「ああ、酒は昨日であらかた抜けた。それと初夜もきっちりしたぞ」

そう言って照れ臭そうに笑う。

「そ、そうか?そうだよな〜」

「ああ、で今夜は続きかい?」

「へ?何で続きしなくちゃいけないんだ??」

「え??だ、だって・・・」

「七人いたんだから二日に分けてとかじゃないのか??」

「いや、昨夜で全員済ませた

「「・・・・・・」」

「おまけに全員可愛かったものだから・・・一人何回だったっけな?ともかく少し頑張りすぎて・・・な」

「で、今翡翠達は?」

「あ〜まだ寝てる。"足ががくがくする"とか"腰が立たない"って言っていたから今日は一日起きれないと思う」

「「・・・化け物」」

短いがこの一言に全てが凝縮されていた。

そして現に志貴の寝室では

「はあ・・・志貴ちゃん強すぎるよぉ〜」

「はう〜、もう今日は動けない・・・」

「す、すごいよ志貴・・・志貴って強いし上手だし・・・」

「わ、私・・・夕べ何回志貴君にいかされたんだろ・・・」

「はあ・・・はあ・・・にいさぁん」

「不条理です・・・計算不可能です・・・志貴一人に全員がこの結果だなんて・・・でも・・・志貴、素敵でした」

「志貴君・・・もう私志貴君だけのものだから・・・」

「・・・(かあああああ)」

全裸に掛け布団を掛けられ更に綺麗に身体も清められて(無論全て志貴が行った)いた七夫人(+一名)が夫の絶倫ぶりと技巧の達者ぶりに驚愕と感歎の言葉を投げ掛けていた。







こうして『裏七夜頭目』七夜志貴の妻『七夫人』が生誕した。

武をもって夫を助けるは三夫人。

『白の夫人』アルクェイド・ナナヤ・ブリュンスタッド。

『黒の夫人』アルトルージュ・ナナヤ・ブリュンスタッド。

『紅の夫人』七夜秋葉。

知略を持って夫を支えるは二夫人。

『智の夫人』シオン=ナナヤ=エルトナム。

『謀(たばかり)の夫人』七夜琥珀。

夫の日常にて彼の心を守るのは二夫人。

『静の夫人』七夜翡翠。

『癒しの夫人』七夜さつき。

彼女達は結婚当初こそ魔の討伐に向かう志貴を見送るっていたが、さほど日を置かずして同じ『裏七夜』として夫と共に戦場に添い従うようになった。

その姿はまさしく戦女神を思わせ、死徒・死者・魔より『七夫人』の名は『真なる死神』と同等、またはそれ以上に恐れられる様になった。

そして、肝心の正妻の座については初夜の影響から復帰してから後、三日三晩の壮絶な言い争いの結果、志貴との付き合いが最も古い翡翠・琥珀が名目上のみの立場だが正妻として迎えられる事がようやく決まり、二人は『双正妻』と呼ばれる様になる。

紆余曲折の末に彼女らにようやく幸福なる時間は訪れた。

だが・・・なんと言う皮肉であろうか。

奇しくも『七夫人』生誕の時から歴史の静かなる流れは終わりを告げようとしていた。






後書き

三章これで終了です。
色々とありましたがここまで話を進める事が出来ました。
率直に言えば一番初期では黄理と紅摩の闘いがこの話の最後の戦いとなる筈だったんですが規模が大きくなりすぎました。(苦笑)
更に言えば、『七夫人』の華燭の典は終章にしようかとも迷ったのも事実です。
それでも満足出来る出来になりましたので結果オーライと言った所でしょうか。
そして、次回からはいよいよ含みばかり言ってきた四章です。
この四章については想像以上に長くなると確信しておりますので、末永いお付き合いをお願いします。
更に敵も殆ど(と言うかほぼ全部)オリキャラばかりなので『月姫』の世界観を借りた一次創作と見られる方もいるかもしれません。
そう言った事が嫌な方は四章は読まれない方が良いかも知れません。
今後も応援よろしくお願いします。

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